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執筆者の写真けんぽう

星の理とは

漆黒のヴィランズが発売される前のトレーラームービーにあった「最古にして最強の蛮神・・・」と言うヒントを元に、何故ハイデリンやゾディアークを「召喚する」「生み出す」必要があったのか。と言う考察をしていた事がある。


以前おじさん3人の妄想トーク会で・・・

「星が滅亡の危機にあり、それを回避する為には、本来の物理法則のままいくと滅んでしまうから、物理法則を捻じ曲げて新たな概念を創り出そうって言って、蛮神召喚的な感じでハイデリンって星に創り変えた」みたいな感じで話していた。動画はこちら


この時言っていたのは「新たなる概念=六属性を作った?」だったので、ずれてはいるものの、5.0を終えた身の私としては、結構かすってる感があったので、5.0までの知識を元に、改めてこのあたりの考察をのばしていこうと思う。



と言っても、今回は誰もが考え付くであろう割と当たり前の事しか掘り下げていないのであしからず。



星の危機

パッチ2.3で、アシエン達が集まり議論をしている描写があったのを覚えているだろうか。


この時、アシエン・ラハブレアが言っている「原初の理」。

ラハブレアが言う「原初の理」が、ゾディアークが創り出される前を指すのか、それともゾディアークを創り出した後を指すのかは不明ではあるが、前回の記事でも記載した、アシエン側が成し得たいのは、下記画像の事を指しているものと思われる。

※画像1


そして「わかたれる前の世界」においては、エメトセルク曰く、


つまり、古代人は不死に近い存在だった。


もし仮に、わかたれる前の世界でも、エーテルの流れが「基本的に」パッチ2.3で説明された下記の通りなのだと仮定した場合・・・

※画像2


不死に近い古代人達が死ぬ事はないので、星に還るエーテルは古代人からは見込めないにも関わらず、新しい生命(古代人)は星のエーテルから生まれてくるのだとしたら・・・。

しかも古代人は、今の原初世界の人間とは比べ物にならない程の莫大なエーテル量を自らの体内に秘めているという・・・。


星のエーテルはいずれ枯渇し、星が死にゆくであろう事が容易に想像できる。


星に災厄が訪れた時の表現が「ある日突然、大地が鳴きだす」であり「星が病に罹ったかのように……あるいは、生きるのを拒んでいるかのように、災厄は起き、広がっている」とアーモロート市民は語っている。

素直に考えるなら「星に災厄が訪れた原因」は、「エーテルの枯渇により星が弱っていった為」なのかもしれない。

「わかたれる前の世界」が、前述した通り「星の死」へ向かっているのだと仮定した場合、「十四人委員会」のアシエン達は、解決策を模索していたに違いない。

そして、来るべき「終末の時」が訪れて、解決策を実行した。


それがゾディアークの召喚であり、「新たなるエーテル循環の仕組み」を生み出す事で、エーテルの枯渇を防ごうとしたのではないだろうか。



ゾディアークの理

ゾディアークの理、星の意志とは、具体的にはどういうものなのだろう。


上記※画像1、および前回の記事でも記載したが、 「世界を育み、それが再び十分に満ち足りたときに、いくらかの生命をゾディアークに捧げる・・・・・・。それによって、ゾディアークの中に力として取り込まれた同胞たちを、地上に復活させ・・・・・・皆でまた、世界を管理する」


この説明で一番気になるのが”ゾディアークの中に力として取り込まれた同胞達を地上に復活させ”の部分。

「復活」とは「死んだものが生き返ること。よみがえること」。

一度ゾディアークに取り込まれた生命(エーテル)が、同じ「個」として再び生き返る。


つまり「個を失わないまま、生と死を繰り返すエーテルの循環」がゾディアークの理だと推察される。

そしてそれを「管理する」。


はい、あなた500年生きましたねー。来年ゾディアーク様に捧げられますのでよろしくお願いしますねー!あ、復活は100年後ですー!

みたいな話になるという事だ。


エーテルに還る(ゾディアークに取り込まれる)時に、「個が完全に失われる」と知っているならば、人類の四分の三もの人々が、エーテルに還る事をすんなり受け入れるとは到底思えないし、「個」が、「復活」が、保障されているからこそ、それだけの人数のいわゆる"生贄"が成立したのではないだろうか。


そしてアシエン達は、「同胞達との遠い約束を果たす為」に、途方も無い時間を費やしていた・・・。


さらに加えるなら「管理する」と言う言葉から、この「復活」には古代人の創造魔法の能力が関係していて、意図的にゾディアークの中から「ひっぱりだす」。

よって、それが可能なオリジナルのアシエンが居なくなった時点で「復活」はかなわなくなる・・・かもしれない。



ハイデリンの理

こちらは現在原初世界で行われているエーテルの巡りそのものだと考えている。


ミンフィリアの言う(上記※画像2参照)

「わたしたちが生きている「物質界」で生命が死ぬと、通常、その魂であるエーテルは砕け散り、「エーテル界」へと還ります。そして、「エーテル界」に揺蕩うエーテルが、「物質界」に降り、新たな生命が誕生するの」。


この説明で注目したのは

”その魂であるエーテルは砕け散り、「エーテル界」へと還ります”の部分だ。


その魂であるエーテルが「魂が砕け散る」なら、個もそこで失われるのではないだろうか。

そしてエメトセルクの下記のセリフ


「個」が保たれているのなら、「世界を知るものは居なくなった」とは言わないだろうし、そもそも原初世界の人々の死の概念に「個を保ったまま復活する」といった認識が無いようにみえる。


よって、ハイデリンの理においては、死んだあとには「個」は失われるエーテルの循環だと推測される。


ただし、「個」は失われたとしても、プレイヤーキャラクターの魂の色を見た古代人(ヒュトロダエウス)の反応をみるに、「魂の本質」は変わらない。と、考えられる。


つまり、ハイデリンの理とは、私たちの生きているリアル世界で考えられている「魂」が存在すると仮定した場合の「前世」とか「輪廻転生」等の考え方に近いエーテルの循環であると推察する。



星の危機を救う理、星の意志

「わかたれる前の世界」では前述した通り、星は死へと向かっていたのだろう。

そして、その危機を回避する「理」が生まれた。


ゾディアークとハイデリンが戦い、結果的にはハイデリンが勝ち、現在はハイデリンの理により星はまわっているのだと思われる。


しかし、考え方は違えど、両者とも「星のエーテルの巡りを潤滑にし、星のエーテルを安定させる」事を成そうとしていて、その「やり方」で「十四人委員会」と「離反者」は対立し、争うことになったのではないだろうか。


ちなみに、ハイデリンの召還方法についてはシヴァと同じような「憑依型」と考えている。

何故なら「創造機関 アナイダアカデミア」の3ボスも上記の画像を見る限り、憑依型の蛮神召還をしているような出現方法に見えるし、先日書いた通り、そのアナイダアカデミア関係者がハイデリンを呼び出した側にまわっていると考察しているからだ。

なので「アナイダアカデミアで研究されていた新たなる創造魔法として、ハイデリンを創り出した」と素直に推測している。


ハイデリンからの「聞いて、感じて、考えて」の声も、ハイデリンの依代となった古代人の意志から放たれた言葉で、ハイデリンの意志とは、その古代人の意志とも言えるかもしれない。

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